ちびモデルへの道。

早大生さわ、全力で可愛くなる。

【怒られるトラウマ】大学をやめたいと親に伝えた話③

社長さんと話して、だんだんワクワクを思い出した私。

www.sawa-yanagi.com

 

 

平行線。

そのタイミングで、ちょうど両親が東京に来ました。

そこで、わくわくを思い出し、大学をやめる方向で心が傾いていたさわは、親にもう一度話をしました。

 

でも議論は平行線。

 

・私の主張

『今後大学に、3年間時間とお金をかける価値があるとは思えない。

留年して、でももう一度通おう、大学を活用しようと思って1年間通った。昨年度よりは授業や環境を活かせたと思うけれど、それでももう3年は通いたいとは思わない。

大学をやめて働きながら経営の勉強をしたい』

 

・親の主張

『まだ大学2年目なんだから、見切りをつけるのが早すぎる。

今、経営者以外の選択肢を捨てたら、将来ほかの選択をしたくなっても戻れない。

大学でもっと色々な経験をしながら、経営の勉強も両立してやっていけばいい』

 

この話をずっとしていて、結論が落ち着きません。こうやって、言葉にしてみると親の言っていることの方がだいぶまともですね。。

 

f:id:chima0528:20190220204256j:plain

 

怒られること。

この平行線の議論を2時間くらい続けたころ、、

 

父:お父さんお母さんもさ、さわがやりたいことを応援してあげたいし、『行ってこい』って送り出して上げたい気持ちはもちろんあるんだよ。

 

でもね、さわはまだそうやって、安心して送り出してあげられる状況じゃないと思うんだ。

 

社会人としてとか、人格とか、考え方とかも。もっとそういうのを磨くことが必要だと思うよ。

 

さわ:うん。私もそういうのが足りないのはわかってる。

だからこそ、早く社会に出て揉まれた方が、そういうのが身につくと思うし、何よりも今私は怒ってもらえる環境にいるんだ。

 

私が末っ子気質で甘いとか、常識を知らなすぎるとか、勘違いの癖があるとかっていうことを、指摘してもらえてる、怒ってもらえてる。

 

大人になって、そういうことまで怒ってもらえる環境ってそうはなくない?

 

父:確かにね、さわはあんまり怒ってこなかったから、今そういうのに気付けたことは大きいと思うよ。

 

母:さわちゃん、怒られないようにしてたもんね。怒られないように、すぐ直してたから、怒ることなかったよ。先生にも怒られなかったもんね。

 

さわ:うん。先生には好かれるタイプだったからね(笑)でも、ほんとにお母さんには怒られないようにしてきたね。

というか、多分だけど、昔お母さんが怒ってると私もすごい悲しかったからさ、それがすっごい印象に残ってて、怒られないようにし始めたと思うんだよね。

 

・・・・

自分で言ってて、初めて気づいたことでした。

お母さんが怒ってる記憶が、確かに頭の片隅でよく再生されていたけれど、それがこんなに尾を引いていたとは。。

・・・・

 

父:ああ、それはそうだと思うよ。お母さんが大きな声を出すたびに、さわはビクッてなってたもんね。

俺は、だからさわは怒られないようにするようになったんだと思うよ。

 

母:そうだったんだ。。お母さん悪かったなあ。。

 

さわ:いや、お姉ちゃんたちもおんなじ環境で生きてきたわけだし、私がそういうのに特別敏感だっただけで、お母さんは悪くないよ。

 

・・・・

 

なるほど、私が怒られることに敏感すぎるくらい敏感なルーツはそこにあったわけですね。

 

ほんとに、前の優等生の件と言い、お母さんから影響受けすぎだな私。。